リオのハーフマラソン旅行

ブラジル滞在時、リオのハーフマラソン(Meia Maratona do Rio)に参加した。

バスを使って行ったことがあったし、飛行機を使って行ったこともあったが、ここでは、バスのケースを紹介する。



夜行バスを前もって予約し、当日の夕方、バスターミナルに向かった。

ハーフマラソン実施の2日前の20時、チケットと身分証明書を提示してバスに乗った。


ハーフマラソンの前日に受付を済ませる必要があるため、どうしても2日前に私が住んでいた町を出発する必要があった。


リクライニングシートが付いた高級バス。

だが、サスペンションが柔らかすぎて、車酔いしやすい。

ブラジルはバスで移動する人が多いため、バス会社が繁盛しているらしく、日ごろ、立派なバスを目にすることが多かった。

出発してから10時間くらいでリオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)のバスターミナルに着いた。

途中のトイレ休憩は2回。




バスターミナルからホテルまではタクシーに乗った。

安全なタクシーはラジオタクシーだと聞いていたので、写真のタクシーを選んだ。











宿泊したホテル。

ここを拠点に3日間、リオの町を観光した。

2人、1室、1泊で約1万5千円。

このホテルから歩いて5分ほどのところから市バスでスタート地点に向かった。

バス停と反対側に5分歩くとコパカバーナ海岸がある。

ホテルの名前は、マーリン コパカバーナ ホテル(Merlin Copacabana Hotel) 。









ハーフマラソンのスタート地点。

ここは、サン・コンハード海岸。

スタートまで時間があるので人が少ないが、スタート30分前には、ここが人で一杯になった。

このあと、レブロン海岸、イパネマ海岸、コパカバーナ海岸、ボタフォゴ海岸、フラメンゴ海岸を経てゴール地点になる。

荷物をバスに預けた。

荷物を乗せたバスはゴール地点で待っていてくれた。




スタート地点から11kmくらいの地点。

左側にコパカバーナ海岸がある。

この場所は、2016年のオリンピックのトライアスロンで使われた。










手を上げているのが私。

まだ元気そうに見える。

15kmを過ぎたあたりで足が動かなくなった。

ゴールタイム:

2011年 2時間13分18秒 小雨
2012年 2時間4分51秒 晴れ

このハーフマラソンの参加料は3000円。




ゴール後の休憩風景。

2016年のオリンピック時、実際のマラソンで使われた場所。













ハーフマラソンの次の日、リオの町を見て回った。

写真の場所は、コパカバーナ海岸。

きれいだが、泥棒が多いことで有名。











コルコバードの丘(Morro do Corcovado)に行く手段はいくつかあるが、今回は登山電車を使った。

往復で1500円くらい。

乗るまでの待ち時間が長かった。

1時間以上待ったと思う。








コルコバードの丘のキリスト像(Cristo Redentor)。

両手の幅は30m。













コルコバードの丘から見たポン・ジ・アスーカ(Pão de Açúcar)。

Pãoはパン、Açúcarは砂糖なので、砂糖パンという名前の山。

岩山の右側が大西洋で左側がグアナバラ湾。

ここを発見した探検隊がグアナバラ湾を川と勘違いしたことから、Rio(川)という地名がついた。

Janeiroは1月のこと。





コルコバードの丘から見た旧市街。

左端にマラカナン・スタジアムがある(はず)。

この写真では見にくい。











ポン・ジ・アスーカのロープーウェーに乗るために並んでいると、横にあった店に日本語の表示があった。

おしい! あと一歩!












ロープーウェーで山の上に向かった。

2つの山があるので、2つのロープーウェーに乗ることになった。

山の高さは、1つ目が220m、2つ目が396m。










岩山の上にいたMico Leãoというサル。

もともと警戒心が少ないのか、ここで人間に慣れたのか、全く逃げる気配はなかった。












コーン型の外観の教会:カテドラル・メトロポリターナ(Catedral Metropolitana)。

高さは80m。

















フェイラ・デ・サン・クリストヴァン(Feira de São Cristóvão)。

食料品、みやげものなどがいっぱい。

週末だけのイベント。
















工事中のマラカナン・スタジアム(Estádio do Maracanã)に入った。

有名な選手の足型が床に埋め込まれていた。

写真はロナウドの足型。

もちろんペレ、ジーコの足型もあった。







リオのカーニバルの会場:サンボドロム(Sambadrome)。

サンバの衣装を展示している場所があった。

カーニバルの時期以外、普段は何も催していないらしいが、他の使い方を考えたらいいと思った。









夜、サンバショーを見に行った。

ショーハウスの名前はプラッタフォルマ(Plataforma)。

値段は約4500円/人。

最初(というか始まる前)に女の子が長時間のリフティングを披露するが、ほんとうは女の子ではなく、おばさんなのかもしれない。







美しい女性たちの踊り、格闘技とダンスが合体したカポエイラ(Capoeira)などを見ることができた。

ちょっと時間が長すぎると思った。

終わったかと思ったら、また同じような踊りが続き、さらにまた同じような踊りが続いた。







ショーの最初の方で、司会者が各国の言葉であいさつし、その国の人が手を挙げる。

それが終わると各国の代表的な曲が流れるので、手を上げた人の誰かが舞台に上がって歌う。

「上を向いて歩こう」が流れてくると日本人が呼ばれるが、今回、誰も立ち上がらないので、私が舞台に上がって歌った。

ここで私が舞台に上がったのは2回目。

フォズ・ド・イグアスでも舞台に上がったので、ブラジル滞在時に計3回、笑い者になった。







【参考】リオ・デ・ジャネイロの地図











以上、終わり。

サルバドール旅行

ブラジル滞在時のサルバドール(Salvador)旅行の記録を記載する。

2000年と2011年にサルバドールに行ったが、写真は2011年のもの。

サルバドールは、バイーア(Bahia)州の州都で、ブラジル人は普通、サルバドールのことをバイーアと呼ぶ。

サルバドールは、ポルトガル領ブラジルの最初の首都。

1763年、リオ・デ・ジャネイロへ植民地ブラジルの首都が移転した。


私は、最初、一人でサルバドールに行き、2回目は一緒に仕事していた人たちに同行した。




市街はCidade alta(上の町)とCidade baixa(下の町)に分かれている。

その往来をしやすくため、1873年に大型エレベーター(Elevador Lacerda)が建設された。

高さは73メートル。

一度に128人を運ぶことができ、24時間稼動している。

周りの建物と釣り合いが悪いと思ったが、今はサルバドールの名所となっている。












エレベーターを昇った場所の横にあるリオ・ブランコ宮殿(Palácio Rio Branco)。

旧ブラジル政府本部として、ある時は軍の本部、監獄として使用された。

現在は博物館として公開されている。











トメ・デ・ソウザ広場と広場の名前の由来でもあるトメ・デ・ソウザ(Tome de Sousa)像。

トメ・デ・ソウザは、1549年にポルトガル植民地ブラジルでの初代総督・将軍(Governor-general)に任命された。
















バジリカ大寺院(Catedral Basílica)。

外観よりも内装の評価が高い寺院。

ジェズス広場に面して建っている。














オルデン・テルセイラ・ジ・サン・ドミンゴス教会(Igreja da Ordem Terceira de São Domingos)。

18世紀前半に建てられたという、ジェズス広場に面した大きな教会。

ブラジルには教会が多く、あちこちで教会を見たので、特徴ある教会以外は覚えていない(覚えられなかった)。








トドス・オス・サントス湾を守るバーハ要塞(Forte Santo Antônio da Barra)。

1598年の建設で、19世紀に据え付けられた灯台は現在も使用されている。

サルバドールの街並みを一望できるほか、内部はサルバドール海洋博物館として公開されている。








夕方、道を歩いていると、教会の何かの行事に出会った。

















サルバドール市のモニュメント(Monumento à cidade de Salvador)。

大型エレベーターを降りた場所の近くにあった。













大型エレベーターを下から撮影した。

中央の建物の裏側に道があり、エレベーターを使わなくても上と下を行き来できるが、治安がよくないらしい。

地球の歩き方には、「この道キケン。通らないこと」、と書いてある。













長い海岸線には美しいビーチが連なる。

訪れた時期、大西洋に面しているビーチは、湾内に比べて波が高かった。

2000年にサルバドールを訪れたときにビーチやレストランで思ったのは、ブラジルの中でも特に黒人が多いということ。

調べてみると、ここの人口の80%が黒人だった。

ビーチでサッカーをしていた黒人の肌は、青く光っていた。






ブラジルでよく見かける落書きは、ここ(下の町)にもあった。

さすがに世界遺産の歴史地区(上の町)には落書きはなかったような気がする。









サルバドールは、ブラジルにある19個(2015年現在)の世界遺産の一つ。


【参考】ブラジルの世界遺産





遺跡名称
遺産種別/登録年
1
古都オウロ・プレト
文化遺産 / 1980
2
オリンダ歴史地区
文化遺産 / 1982
3
サン・ミゲル・ダス・ミソオエス遺跡群
文化遺産 / 1983、1984
4
サルバドール・デ・バイア歴史地区
文化遺産 / 1985
5
ボン・ジェズス・ド・コンゴーニャスの聖所
文化遺産 / 1985
6
イグアス国立公園
自然遺産 / 1984
7
ブラジリア
文化遺産 / 1987
8
カピバラ山地国立公園
文化遺産 / 1991
9
サン・ルイス歴史地区
文化遺産 / 1997
10
ディアマンティーナ歴史地区
文化遺産 / 1999
11
ディスカヴァリー・コースト大西洋岸森林保護区群
自然遺産 / 1999
12
サウス-イースト大西洋岸森林保護区群
自然遺産 / 1999
13
中央アマゾン保全地域群
自然遺産 / 2000、2003
14
パンタナル保全地域
自然遺産 / 2000
15
ゴイアス歴史地区
文化遺産 / 2001
16
ブラジルの大西洋諸島:フェルナンド・デ・ノローニャとロカス環礁保護区群
自然遺産 / 2001
17
セラード保護地域群:ヴェアデイロス平原国立公園とエマス国立公園
自然遺産 / 2001
18
サンクリストヴォンの町のサンフランシスコ広場
文化遺産 / 2010
19
リオデジャネイロ:山と海の間のカリオッカの景観
文化遺産 / 2012




【参考】サルバドールの地図








【スケジュール】


月日時間場所行動
4/225:00住居車で移動
10:57CNF空港飛行機で移動
12:30サルバドール
旧市内昼食
市内観光
20:00旧市内夕食
4/237:00ホテル朝食
旧市内市内観光
15:00サルバドール飛行機で移動
18:00ベロホテル着







以上、終わり。



カンボジア旅行

カンボジア旅行の記録を紹介する。今回の旅行の目的はカンボジアの遺跡を見ること。 2年連続で海外の遺跡観光をすることになった。カンボジアの遺跡が造られたのは9~13世紀。昨年訪問したメキシコの遺跡は4~11世紀。ほとんど年代が重なるが、少しだけカンボジアの遺跡が新しい。 旅...