ブラジルに4年間滞在していたあいだ、年に1度、日本に帰国することができた。
2012年10月に帰国し日本からブラジルに戻るとき、話題になっていたボーイング787に乗りたいと思って、787が使われていた成田-ボストン便を利用した。
このときのボーイング787は新しい機体で、機内が乾燥しにくいように加湿器が標準装備され、窓のカーテンが電子化されていた。
加湿器や窓以外にもボーイング787は機内の照明の色が時間によって変化するようになっていて、これまでの機体との違いを感じさせた。
全体としての印象はよかったが、一部気になったところもある。
それは、新しいことによる初期不具合。
飛びたって数時間したころ、窓際の天井から水滴が落ちてきた。湿度が高いため、どこかで結露したと思う。
そして、私の座席のひじ掛け上部が脱落。状況をCAさんに伝えた。
今回訪れたボストンは、アメリカ合衆国マサチューセッツ州北東部サフォーク郡にある都市。
同州最大の都市かつ州都であり、アメリカで最も歴史の古い街の一つ。
21世紀初頭において、ボストンは学術、科学技術、政治の各面で中心的存在となった。
ボストンはボストンマラソンでも有名。
私が宿泊したシェラトンホテルはスタート・ゴールの近くにあった。
ボストンマラソン爆弾テロ事件が起きたのは2013年4月(私が観光した半年後)なので、そんなことが起きるとは思わずスタート地点をボーっと眺めただけだった。
左の地図の①②の地点で爆発し、その際に3人が死亡、282人が負傷した。
ボストンレッドソックスの本拠地フェンウェイパーク(FENWEY PARK)を見にいった。
ここは現存する中ではメジャーリーグで最も古い球場。
「アメリカが最も愛する野球場」としても有名。
レフトスタンドのすぐ後方には道路と建物があり、フィールドの拡張ができなかったため、変則的な形の球場になっている。
球場の周りには往年の名選手の銅像やペナントが飾られていた。
この銅像はテッド・ウィリアムズが癌の少年の頭に帽子を置くようすを描写している。
テッド・ウィリアムズはメジャーリーグベースボール(MLB)で三冠王を2度獲得。通算出塁率.482はメジャー歴代1位。1941年に打率.406を記録した名選手。
背番号9はレッドソックスの永久欠番となっている。
球場の見学ツアーに参加した。
約1時間でスタンド、ベンチ、ロッカールーム、グラウンドを見て回った。
1912年開場の球場は、収容人数の少なさや老朽化から、これまでも幾度となく新球場建設案が持ち上がっていたが、その度にファンから猛烈な批判を浴び、断念してきたらしい。
球場の見学ツアーのチケット。
ここに「100 YEARS」と書いてあるのは、私が訪問した2012年が開場100周年にあたっていたから。
開場した1912年4月19日は、タイタニック号沈没事故が起きて5日後で、町中がその話題で持ちきりだったらしい。
ちなみにタイタニック号沈没事故は、1912年4月14日の夜から4月15日の朝にかけて、イギリス・サウサンプトンからニューヨーク行きの初航海中の4日目に北大西洋で起きた。
タイタニック号が氷山に衝突した時には2,224人を乗せており、このうち7割近くの1,513人が亡くなった。
球場内には松坂大輔を紹介した展示物があった。
松坂がレッドソックスでプレーしたのは2007年から2012年までの6年間。
私が訪れた2012年は1勝7敗で、この年のシーズン終了後FAになった。
年間防御率8.28は10回以上先発した投手としては球団史上最低の成績だった。
写真上部に見えるのはレフトスタンドにそびえる巨大なフェンス「グリーンモンスター」。
テレビでは何度も見たことがある。
高さは約11.3m。
グリーンモンスターの上の席にも行って、その高さを実感した。
試合がない日の見学だったため、ロッカールームに入ることができた。
ロッカールームや通路は狭い。
見学ツアー全体として、試合を見ることができなかったことは残念だったが、この球場のもつ歴史と独特な雰囲気を感じることができてよかったと思う。
3日目にボストン美術館に行った。
ボストン美術館は全米有数の規模を持つ美術館で、日本美術の優品を多数所蔵し、日本との関係が深いことでも知られる。
小さな日本庭園が設けられていた。
私が知っている画家では、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、モネの作品があった。
私が見たいと思っていた作品は、モネのラ・ジャポネーズ/La Japonaise。(写真はウィキペディアから拝借)
この絵の高さは2m以上あり、思ったより大きかった。
(以下、解説書より)
描かれている女性は、モネの妻であるカミーユ・ドンシュー。
カミーユは武者の姿が刺繍された真っ赤な日本の着物を着て、手にはフランスの三色旗と同じ青・白・赤の扇を持ち、金髪のカツラを被っている。
モネは早くから浮世絵のコレクターであり、また日本の演劇用衣装を所有していた。
【スケジュール】
1日目 成田発 JL8 11:30- FENWEY PARK TOUR
2日目 トロリーバスに乗って市内観光 水族館、ハーバークルーズ
3日目 ボストン美術館見学 ボストン発 AA1533 15:05- マイアミへ
以上、終わり。
イースター島旅行
イースター島に行ったので、その記録を紹介する。
イースター島に行く前に、できれば下記2つの本を読んだ方がいい。
①ヘイエルダール著 「コンチキ号漂流記」
不思議な石の文化はどこから影響をうけたのか、自ら確認した物語。
②ヘイエルダール著 「アク・アク―孤島イースター島の秘密」
イースター島の文化と歴史の調査結果。
絶版になっているかもしれないが、Amazonで売っている。
イースター島の空港(マタベリ国際空港)。
空港の規模とは不釣合いな、南米最長クラスの3318mの滑走路を持つ。
これは発着便の全てが遠距離便になり、かつ洋上を飛行する(陸地への不時着ができない)ため燃料を大量に積む必要があることや、かつて、アメリカのスペースシャトルの緊急用着陸場として使われることが想定されていたことに由来する。
車に乗って島内を観光した。
ガイドさん(中央)と同行の人たち。
若い日本人夫婦もいた。
マタベリ空港の滑走路の東端に近くのビナプにあるアフ(石組みの祭壇)は、島にあるアフのなかでも最も精巧に石組みが施され、南米インカ時代以前の石組みに酷似しているので、考古学者のヘイエルダールなどが南米起源であるという説を提唱したほど。
私も、クスコ、マチュピチュの石組みと同じものだという印象を受けた。
プナパウは、モアイ像が頭に乗せている帽子のようなプカオ(左の写真)が切り出されたところ。
アキビという場所は、海を向いて立っている7体のモアイ像がある。
初期に製造されたモアイ像だとのことで、プカオは乗っていない。
アフリアタは、ハンガロア村の近くにある。
立っている像だけでなく、倒れているものも多かった。
島内の戦争で倒されたとのこと。
ここは、2日目に最初に観光したバイフ。
トンガリキのモアイ像。
1960年のチリ沖大地震津波によって押し流されたが、日本のクレーンメーカー:タダノの協力によって修復された。
ラノララクのモアイ像。
この写真は、旅行ガイドブックによく使われる構図。
アナケア海岸。
椰子の木が立ち並ぶ白砂ビーチ。
アナケア海岸近くのモアイ像。
夕日。
広場に鉄棒があったので、逆上がりをしてみた。
20年くらい逆上がりをしてなかったが、かなり頑張った結果、なんとか成功した。
小学生のころは頻繁に鉄棒で遊んだおかげで鉄棒は得意な時期があり、大人になってからも鉄棒を見つけると、懸垂などで実力を試していた。
この場所は他に遊んでいる人がいなかったので、懸垂でなく、少しだけむずかしい逆上がりで実力を評価した。
3日目の観光は、オロンゴ岬。
島の南西部に死火山の火口があった。
写真ではわかりにくいが、火口が湖になっている。
日本のタダノがモアイ像の修復に協力したということもあるし、走っている車やバイクの多くが日本製ということもあって、非常に親しみを感じた。
冒頭で紹介した①と②の本は、技術資料という意味では評判が悪いらしいが、旅の事前情報としておもしろい。探検小説と思って読んでもいいと思う。
事前情報の有無で旅の「わくわく感」が変わることは頻繁に経験した。
以前、東京から九州に出張する機会があったので、わざわざ寝台列車を予約し、事前に西村京太郎の「寝台特急殺人事件」を読んでから乗車した。
小説の登場人物になったような気分で、わくわくしながら出張したのを覚えている。
【スケジュール】
【地図】

以上、終わり。
イースター島に行く前に、できれば下記2つの本を読んだ方がいい。
①ヘイエルダール著 「コンチキ号漂流記」
不思議な石の文化はどこから影響をうけたのか、自ら確認した物語。
②ヘイエルダール著 「アク・アク―孤島イースター島の秘密」
イースター島の文化と歴史の調査結果。
絶版になっているかもしれないが、Amazonで売っている。
イースター島の空港(マタベリ国際空港)。
空港の規模とは不釣合いな、南米最長クラスの3318mの滑走路を持つ。
これは発着便の全てが遠距離便になり、かつ洋上を飛行する(陸地への不時着ができない)ため燃料を大量に積む必要があることや、かつて、アメリカのスペースシャトルの緊急用着陸場として使われることが想定されていたことに由来する。
車に乗って島内を観光した。
ガイドさん(中央)と同行の人たち。
若い日本人夫婦もいた。
マタベリ空港の滑走路の東端に近くのビナプにあるアフ(石組みの祭壇)は、島にあるアフのなかでも最も精巧に石組みが施され、南米インカ時代以前の石組みに酷似しているので、考古学者のヘイエルダールなどが南米起源であるという説を提唱したほど。
私も、クスコ、マチュピチュの石組みと同じものだという印象を受けた。
プナパウは、モアイ像が頭に乗せている帽子のようなプカオ(左の写真)が切り出されたところ。
アキビという場所は、海を向いて立っている7体のモアイ像がある。
初期に製造されたモアイ像だとのことで、プカオは乗っていない。
アフリアタは、ハンガロア村の近くにある。
立っている像だけでなく、倒れているものも多かった。
島内の戦争で倒されたとのこと。
ここは、2日目に最初に観光したバイフ。
トンガリキのモアイ像。
1960年のチリ沖大地震津波によって押し流されたが、日本のクレーンメーカー:タダノの協力によって修復された。
その後、2006年にタダノがクレーンを寄贈したことから、トンガリキに記念プレートが立っている。
ラノララクのモアイ像。
この写真は、旅行ガイドブックによく使われる構図。
アナケア海岸。
椰子の木が立ち並ぶ白砂ビーチ。
アナケア海岸近くのモアイ像。
夕日。
広場に鉄棒があったので、逆上がりをしてみた。
20年くらい逆上がりをしてなかったが、かなり頑張った結果、なんとか成功した。
小学生のころは頻繁に鉄棒で遊んだおかげで鉄棒は得意な時期があり、大人になってからも鉄棒を見つけると、懸垂などで実力を試していた。
この場所は他に遊んでいる人がいなかったので、懸垂でなく、少しだけむずかしい逆上がりで実力を評価した。
3日目の観光は、オロンゴ岬。
島の南西部に死火山の火口があった。
写真ではわかりにくいが、火口が湖になっている。
日本のタダノがモアイ像の修復に協力したということもあるし、走っている車やバイクの多くが日本製ということもあって、非常に親しみを感じた。
冒頭で紹介した①と②の本は、技術資料という意味では評判が悪いらしいが、旅の事前情報としておもしろい。探検小説と思って読んでもいいと思う。
事前情報の有無で旅の「わくわく感」が変わることは頻繁に経験した。
以前、東京から九州に出張する機会があったので、わざわざ寝台列車を予約し、事前に西村京太郎の「寝台特急殺人事件」を読んでから乗車した。
小説の登場人物になったような気分で、わくわくしながら出張したのを覚えている。
【スケジュール】
| 日程 | 都市 | 交通機関 | 時間 | 日程 | 食事 |
| 9月21日 | サンティアゴ | LA-841 | 09:15 | サンチアゴからイースター島へ。 | 朝:X |
| (金) | イースター島 | 混載 | 13:10 | 送迎 空港→ホテル(混載・英語ガイド)。 | 昼:X |
| 混載 | 15:00 | 半日、アキビ観光(混載/英語ガイド)。 | |||
| (プナパウ、アキビ、アフリアタなど。約3時間) | |||||
| イースター島ホテル:OTAI(スタンダード) | 夕:X | ||||
| 9月22日 | イースター島 | 混載 | 09:00 | 終日観光(混載/英語ガイド) *ボックスランチ込み。 | 朝:ホテル |
| (土) | (バイフ、アカトンガ、トンガリキ、ラノララク、テピトクラ、アナケナ) | 昼:ボックス | |||
| *国立公園入場料(大人一人約US$60) は別。現地で支払い。 | 夕:X | ||||
| イースター島ホテル:OTAI(スタンダード) | |||||
| 9月23日 | ホテルチェックアウト。 | 朝:ホテル | |||
| (日) | イースター島 | 専用 | 午前 | 半日、オロンゴ観光(専用/英語ガイド)。 | 昼:X |
| (ラノカウ、オロンゴ、タハイなど。約3時間) | 夕:X | ||||
| 午後 | 自由行動。 | ||||
| 混載 | 送迎、ホテル→空港(混載/英語ガイド)。 | ||||
| LA-847 | 18:15 | イースター島からリマへ。 | |||
| リマ | 23:10 | リマに到着。 |
以上、終わり。
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