ポルトガル旅行

ポルトガルと一部スペインに行く8日間のツアーに参加した記録を紹介する。

中部空港→羽田空港→フランクフルト空港を経由し、ポルトガルのリスボン空港に着いた。


旅行の最中、車が繁華街に突っ込み13人が犠牲になったバルセロナ事件は、現地時間8月17日の午後5時ごろ起きた。

すでに私たちはEUに入ってリスボン(Lisboa)からコインブラ(Coimbra)という町に移動した時間。

この事件が起きる前だったが、ドイツの入国検査は厳しかった。

バルセロナ事件の後だったら検査がもっと厳しくなっていたと思う。

事件が私たちの旅行に影響したとは感じなかった。


リスボンから最初に移動したのはオビドス(Óbidos)という町。

ここは「谷間の真珠」と呼ばれ、歴代の王妃に好まれた。

町は高さ13mの中世の城壁に囲まれている。

城壁の上に行くことができるようになっていて、手すりがない細い道を歩く。

「もし落ちたら自己責任でお願いします」、とガイドさんから説明があった。



オビドス名物のリキュール「GINJA」(=サクランボのお酒)は、チョコレートの器にリキュールを入れて飲む。

味のいい悪いはわからなかったが、アルコール度数が高いことはわかった。

店員のおばさんが代金のおつりを別の店に取りにいっているあいだに写真を撮った。





コルクを採る木(コルクガシ)。

木の幹の下の方の茶色になっていて、この部分の樹皮が剥がされコルクとして使用される。

7年経つと剥がしてもいいらしい。

ポルトガルのコルクの生産は、全世界の生産量の約52%を占めている。

定番のお土産とのことで、アズレージョ(装飾タイル)とコルクでできた鍋敷きを買った。




ファティマ(Fátima)という町の大聖堂(バジリカ)。

第一次世界大戦中にここで聖母マリアが出現したと言い伝えられている。

聖母マリアを見た人が最近まで生きていたらしい。

大聖堂の正面の広場には、「ご出現の聖堂」まで祈りながら膝で歩を進める道がある。

白い建物と青い空が印象的だった。

日傘をさしているのは、ほとんど日本人。

この近辺でのガイドさんの話しは奇跡と言い伝えについての解説が多かった。






コインブラ大学。

ポルトガルで最も歴史があり、ヨーロッパでも屈指の伝統と歴史を誇る名門大学。

2013年に「コインブラ大学-アルタとソフィア」として世界遺産に登録された。

有名なジョアン5世図書館も見学した。





コインブラ大学の学生の制服は、カパと呼ばれる黒いマント。

ハリーポッターの中で着ているマントととても似ている。

大学の催しの資金集めのために、学生が観光客に文房具を売っていた。

ここで学生からボールペンを購入。







大学の裏手の壁に落書きがあった。

さすがに教会で落書きを見ることはなかったが、そのほかの場所では落書きが目についた。

日本ではこれほどの落書きを見ることはないので、外国と日本の大きな違いだと思う。

中央下段の絵は中国人なのか、日本人を含めた東洋人なのか、とガイドさんに聞いてみた。

はっきりと答えてもらえなかったが、ポルトガル人は一般的に日本人に親しみをもっているとのこと。

ガイドさんは学生のとき、コインブラ大学に留学していたことがあり、そのときの経験談を案内に活かしていた。

ちなみにガイドさんの出身地は千葉県佐倉市(長嶋茂雄の出身地)なので、野球をするのかと聞いてみようと思っていたが、旅行の終盤は忙しくなって、聞くことはできなかった。




昼食で食べたのは名物料理「カタプラーナ」。

ポルトガルの鍋料理で、「カタプラーナ鍋」という専用の鍋を使って、魚介類や野菜などを圧力鍋のように蒸して食べる。

醤油味とは違うが、肉じゃがのような感じの美味しさだった。









コインブラからポルト(Porto)に移動。

ポルトはポルトガル発祥の地。

左の写真はポルトを代表する重厚な趣の鉄道駅(サン・ベント(São Bento)駅)。

みどころは構内の壁を彩る約2万枚のアズレージョ(装飾タイル)。

ポルトガルの歴史を物語るシーンが描かれていた。




ワインの醸造所を見学。

日本で有名なポートワインの生産地は、ここポルト。

最も古いワインのボトルが30万円前後で買えると聞いたので、お金持ちなら普通に買えると思った。







ツアーに参加した全員がワインの試飲をした。

白ワインと赤ワインが入った2つのグラスを各人が飲むことになっているが、私の妻はほとんど飲まなかったため、私が4杯分のワインを飲んだ。

ポルトガルのワインのアルコール度数は20%くらいと高い(日本は10~15%)ので、かなり酔ってしまった。





旅行の4日目、8月19日はホテル出発後、国境を越え北スペインにあるキリスト教聖地の一つサンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)へ。

ここはエルサレム、バチカンと並ぶキリスト教三大巡礼地の一つ。

「歓びの丘」を意味するモンテ・ド・ゴソ(Monte do Gozo)に立ち寄った。

長いサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道を歩いて来た人達が、大聖堂手前の所にある小高い丘の上に立った時、喜びの感慨にひたったところ。

巡礼の人たちがたくさんいた。

巡礼の街道では巡礼者は、その証明に帆立貝の殻を荷物にぶら下げている。

スペインからポルトガルへの移動時、EU内の移動のため、国境でパスポートのチェックはなかった。



サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街地を観光。

石造りの古い建物が残っていた。

街中を歩いたり昼食をとったときの印象として、人の態度や話し方がポルトガルよりも忙しそうに感じた。

ポルトガル人の方がスペイン人よりも性格がのんびりしているのかもしれない。











ポルトのホテルの横のスーパーマーケットで買い物をした。

ペットボトルの水は€0.12(16円)、330mlのビールは€0.99(132円)と日本と比べて安かった。

全体的にポルトガルの物価は安い。

だが、ガソリンスタンドの軽油がリッター当り€1.3(173円)、ガソリンが€1.35(181円)。

スペインでは軽油が€1.119(149円)。

少し高いと思ったのでガイドさんに聞いてみると、その分高速道路代が安くなっているとのこと。

ものすごく安かったペットボトルの側面はフニャフニャで、蓋を開けるときに側面を握ったため、水が飛び出してしまった。



ホテルの洗面台を写した。

変わったホテルで、洗面台が透明、正面のガラスの中に照明が入っているなど、面白い部分があった。

ただ、サイズが小さいとか、(別のホテルでは)洗面台の高さが高すぎるとか、使いづらいことも多かった。

大きな問題があったわけではないが、もっと普通にしてほしかった。

エレベーターの質(振動、速度、使いやすさ)は、日本と比べて悪かった。






有名レストラン「フォルタレーザ・ド・ギンショ」で昼食。

落ち着いた雰囲気の高級レストラン。

近くの海岸は海水浴客で一杯だった。

そのおかげで近くの道路では渋滞が発生していた。







リスボンのベレン地区にあるジェロニモス修道院とベレンの塔は、いずれもマヌエル様式(16世紀のポルトガルで流行した建築様式)の最高傑作とされる美しい建築物。

エンリケ航海王子の業績を讃えたのが左の写真のジェロニモス修道院。

ジェロニモス修道院の見所は、繊細な彫刻が美しい南門と付属のサンタマリア聖堂。

又、ここにはヴァスコ・ダ・ガマ等偉人たちの棺も収められている。

大航海時代にポルトガルが築いた巨万の富の一部を見ることができる。

私は聞き慣れていなかったエンリケ航海王子の名前は、ガイドさんの解説の中に何度も登場した。

ここで現地のガイドさんが言ったことばが印象に残った。

それは、「最初は質素・謙虚の精神で信者を集めた宗教でも、富と名誉が増えてくると堕落しはじめ、別の質素・謙虚を求める宗教が作られる。そしてまた同じことの繰り返し。それが人間だ。」ということ。

私も富と名誉には気をつけたいと思った。


ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)を讃えたものがベレンの塔

観光客が多くて中に入ることはできなかった。

ヴァスコ・ダ・ガマについて復習しておくと、ヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した記録に残る最初のヨーロッパ人。





ベレンの塔から約1km東、テージョ川沿いに建つ巨大な記念碑が発見のモニュメント

大航海時代に関わる記念碑だが、1960年、エンリケ航海王子没後500年を記念して造られたリスボンでも新しい観光名所。

高さ52mの帆船を模した記念碑には、海上帝国を支えた英雄達33人が描かれている。

先頭は実際に航海には出ず、ここリスボンで航海事業者として船乗り達を援助したエンリケ航海王子。

その他、ヴァスコ・ダ・ガマやフランシスコ・ザビエル、マゼランもいる。


ユーラシア大陸の西の果てのロカ岬(Cabo da Roca)。

海外に飛び出したこの国の人々の心情がわかるか、と思ったが、全くわからなかった(わかるわけがない)。

左の写真は、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙事詩「ウズ・ルジアダス」第3詩20節の一節「ここに地終わり海始まる(Onde a terra acaba e o mar começa)」を刻んだ石碑。

ユーラシア大陸最西端到達証明書がツアー参加者に配られた。

事前に聞いていた話しでは、風が強くて夏でも寒いとのことだったが、他の場所と変わらず暑かった。




リスボンの町で左の写真の観光用エレベーターに乗った。

ずいぶん待たされたが、その理由は、料金徴取をエレベーターの中で行っているから。

非常に効率が悪い。

天気は見たとおり、この日も晴天。

現地のテレビを見ていると、毎日、山火事のニュースが放送されていた。

乾燥していて自然発火することも多いらしい。

3か月、雨が降っていないとか。




エレベーターの上の階からリスボンの町を眺めた。

ヨーロッパ独特の景色が広がっている。

建物の屋根、壁の色は規制がある。

屋根は茶色っぽいものから選び、壁は白っぽいものにする必要がある。







現地で挨拶程度の会話をした。

ブラジルのポルトガル語よりもスペイン語に近い発音だと感じた。

例えば、ブラジルでは「おはよう」の「ボン ジア」が、ポルトガルでは「ボン ディア」になる。

「こんにちは」の「ボア タハジ」は、「ボア タルデ」、「おやすみ」の「ボア ノイチ」は、「ボアノイテ」という感じ。

簡単な文章だけだったが、現地の人と実際に会話ができてよかった。



【車のメーカー別シェア調査結果】


旅行中に走っている車のメーカー・台数を調べた。

セアトというメーカー名は聞いたことがなかった。

スペインのメーカーで、日本に正規販売・輸出をしていない。

                                         (台)

メーカー欧州日本米国
ルノー128
BENZ124
BMW107
VW101
プジョー91
アウディー88
オペル74
シトロエン69
トヨタ57
セアト48
フォード43
日産26
フィアット21
マツダ21
本田15
三菱6
ランドローバー5
スズキ4
GM3
ポルシェ2
レクサス2
インフィニティー1
スバル1
合計858133 46
シェアー82.7%12.8%4.4%







全てではないが、パトカーにトヨタ車が使われていることが多かった。


圧倒的に欧州車が多い中で、トヨタ車を使うのは不思議。









【ポルトガルの地図】



ポルトガル地図



【スケジュール】


1日目 羽田空港発 フランクフルト経由リスボン着 リスボン泊
2日目 オドビス、ファティマ観光 コインブラ泊
3日目 コインブラ、ポルト観光 ポルト泊
4日目 サンティアゴ・デ・コンポステーラ観光 ポルト泊
5日目 カスカイス、リスボン観光 リスボン泊
6日目 シントラ、ロカ岬観光 リスボン泊
7日目 リスボン発 機中泊
8日目 羽田空港着


以上、終わり。

カンボジア旅行

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