カンボジア旅行

カンボジア旅行の記録を紹介する。今回の旅行の目的はカンボジアの遺跡を見ること。

2年連続で海外の遺跡観光をすることになった。カンボジアの遺跡が造られたのは9~13世紀。昨年訪問したメキシコの遺跡は4~11世紀。ほとんど年代が重なるが、少しだけカンボジアの遺跡が新しい。

旅行に行った時期、中国の武漢でコロナウイルスの患者が見つかって、世界中が大騒ぎになっていた。そのため、どこも観光客は少なかった。カンボジアはコロナウイルスの感染者が乗っていた客船(ウエステルダム)を受け入れた国。余計に敬遠された可能性がある。


飛行機内で私が座った席の周りの搭乗率は50%(36席中18席)。

こんなに搭乗率が低い飛行機に乗ったことはなかった。

プノンペン到着時の気温は33℃。







【観光1日目 プノンペン】


カンボジアの首都プノンペン観光。

寺院、近代的なビル、多すぎるバイクと車は、いかにも東南アジアらしい。

今回の旅行は、もともと6人が申し込んだツアーだったが、4人キャンセルしたおかげで私たち2人の専用車(専属運転手)、専属ガイドになった。



カンボジアの象徴ともいえる王宮と王家の秘宝を見学した。

現在も国王と王妃が居住している場所。

約100年前(1919年)にフランス様式で建設された。






トゥールスレン博物館は、ポル・ポト派のクメールルージュ政権下で政治犯収容施設として使われていた。

当時、ここにあった高校の教室やトイレがそのまま拷問部屋や牢屋として使用され、その生々しい様子を伝えている。

収容者2万人中、生きて出られたのはわずか8人。生存者ご本人が博物館の中にいらっしゃった。

これは1976年からの3年弱の出来事で、それほど昔のことではない。ガイドさんの3人のおじさんが、この間に殺されたとのこと。


プノンペン観光の最後にセントラルマーケットに立ち寄り、買い物をしたあと、遺跡の街シェムリアップへ飛行機で移動した。


【観光2日目 ロリュオス遺跡群】


バコンプリアコーロレイ遺跡を見学した。

古い遺跡が多く、修理中のものが目立った。

見た感じでは、修理すると言っても現状維持が精一杯で、とても建設当時のようには戻らないと思った。

写真はロレイ遺跡。





プレループ遺跡から夕日鑑賞。

集まった人は日本人と西洋人が多く、中国人、韓国人は少なかった。

日本で見る夕日よりも赤っぽい。

人が少ないときに、動画を撮影した。











伝統芸能アプサラダンスショーを見ながら、ビュッフェ形式の夕食。

一番前の席に座ることになったので、ブラジルのときのように舞台に引っ張り出されることを心配したが、そんな演出はなかった。

演目や手の形の解説が書かれた日本語の説明書きが観客に配られ、観客への気配りがされていると感じた。

手の形を真似してみたが、できなかった。









【観光3日目 アンコール・トム、アンコール・ワット】


この日の夜中から腹痛が始まった。食べ物や歯磨きで注意していたつもりなので、原因はわからない。朝日鑑賞はキャンセルした。


妻が朝日鑑賞に行き、写真を撮った。

場所は、アンコール・ワット

私はホテルで何度もトイレに走っていた。







アンコール・トムは門と城砦、寺院などからなる12世紀末の都市遺跡。

アンコール遺跡群の一部として世界遺産に登録されている。

南大門、バイヨン寺院、象のテラスなど多くの遺跡があった。






タ・プロム寺院

この遺跡には密林の木々が絡みつき、自然の強さを感じることができる。

あえて必要最低限の修復しかされていない。






アンコール・ワットはクメール建築の最高傑作と称され、カンボジア国旗の中央に描かれている。

遺跡の周囲の堀の幅は約200m。尖塔の高さは65m。

観光客用に設置した木製階段を使って第3回廊まで登ることができる。

以前は石造りの急な階段を登り降りしていたため、時々、人が誤って落ちたとのこと。


この日、朝日鑑賞以外の観光は、(腹痛に耐えながら)なんとか遅滞なく完了した。


【観光4日目 ベンメリア寺院】


遺跡発見当時のまま(多くの石が崩れたまま)で残されたベンメリア寺院

観光客が歩くのに危険がないように、見学通路は整備されていた。

石の崩れ方は、わざと壊したとしか思えないほどの散らばりよう。

しかし、全貌が明らかになれば、アンコール・ワットを凌ぐといわれているほど、元の姿はすばらしかったと推定されている。

いたるところに内戦の傷あとが残っており、ここは地雷の撤去が進んだ比較的近年に人が入れるようになった。

地雷を撤去したことを示す看板が立っていた。





アンコール時代の橋、スピアン・コンポンクディ。

生活道路として、今でも使われている。

ガイドさんが生まれた場所に近い。

ガイドさんが通った小学校、高校があった。



今回の旅行中、最高気温は35℃だったので、めちゃくちゃ暑いとは感じなかった。ガイドさんの話しでは、例年の5月は最高気温が40℃(昨年は42℃)になるとのこと。そんなに暑い時期を選ばなくてよかった。


スーパーマーケットで缶ビールを買った。

330mlで値段は0.6ドル(66円)。

味に特徴はなかった。

ガソリン価格は94円/ℓ(レギュラー)。

物価は安い。




【スケジュール】

2/20(木)成田発 プノンペン着
2/21(金)プノンペン市内観光 飛行機でシェムリアップへ
2/22(土)ロリュオス遺跡 プレループ遺跡 夕日
2/23(日)アンコール・トム タ・プロム寺院 アンコール・ワット
2/24(月)ベンメリア寺院 車でプノンペンへ
2/25(火)プノンペン発 成田着

【車メーカー調査結果】

旅行中、走っている車のメーカー・台数を調べた。
トヨタのシェアが圧倒的に高かった。

(台)
メーカー日本韓国欧州米国合計
トヨタ155155
現代・起亜3131
マツダ1717
BENZ1313
フォード1010
三菱99
日産88
双竜4 4
ランドローバー44
GM33
本田33
BMW22
アウディー22
スズキ22
VW11
いすゞ1 1
ボルボ11
合計195352313266
シェア73.3%13.2%8.6%4.9%100.0%

バイクはホンダのシェアが高かった。
ホンダのバイクが多いため、日本のサッカー選手で知名度が高いのは「本田圭佑」。現在、カンボジア代表監督兼GMでもある。

【メガネをかけている人の割合】

調査人数(人)メガネをかけている人(人)率(%)調査年月
日本2647528.42013年9月
ブラジル1502416.02013年7月
アイスランド1322922.02016年12月
メキシコ601118.32019年8月
カンボジア5211.92020年2月


【地図】




以上、終わり。




メキシコ旅行

メキシコ旅行の記録を紹介する。

この旅行の第一目的は、マヤ文明の遺跡を見ること。

特に遺跡に詳しいわけではないが、最近なぜか遺跡と大自然に興味がわくようになってきた。

現存するマヤの遺跡が造られたのは4世紀から8世紀だとのことなので、私が過去に観光した遺跡の中で最も古い。

更に古い遺跡(エジプト、ギリシャ、ローマ)にも行ってみたいと思っている。

今回のツアーの同行者は7人(3組の夫婦、添乗員)と少なかった。


メキシコシティー到着


16時35分に成田空港を出発し、予定どおり現地時間15時20分にメキシコシティーに着いた。

メキシコシティの標高は約2200mと高いので、真夏とはいえ到着時の気温は17度。

肌寒い。

荷物を受け取ってから旅行会社の車で国立人類学博物館へ向かった。



国立人類学博物館の巨大さと展示物の多さは「超ビ」(=超ビックリの略語)。

メキシコ国内の遺跡から出土した文化財約6000点が展示されている。

マヤ、アステカ、テオティワカン文明などの歴史と文化を知ることができる。

ただし、見学の時間は少なかった。


左の写真はアステカ文明のカレンダーである石板。

事前に雨が多いと聞いていたとおり、博物館を出たときに雨が降っていた。





メキシコシティーの観光-2日目


2日目は3つの世界遺産を見学。

まず、メキシコ国立自治大学の壁画。

建物4面全部に壁画が描かれている。

世界最大の壁画。

歴史や宗教に興味があれば感動すると思うが、古くもない、美しくもない絵に感動しなかった。

メキシコ人にとっては重要な歴史的背景があるとガイドさんが説明していた。



2つ目の世界遺産はプエブラ歴史地区。

スペイン植民地時代に築かれた旧市街を歩き、教会などを見学した。

教会に興味がないし、遺体が安置されていることの気持ち悪さで、教会に関する私のブログ記事は少ない。





3つ目の世界遺産はポポカテペトル山腹の修道院群。

ここの門は閉まっていて中に入ることはできなかった。

門の外の建物に落書きが多く、写真を撮った。

海外で落書きを見る機会が多かったが、メキシコの落書きが最悪だと思う。


砂糖菓子の家。

外観がカラフルなことはわかるが、どこが砂糖菓子なのか、さっぱりわからなかった。








不安を感じていた治安については、何も問題なかった。

観光客の多いエリアでは常に警察が見張っているなど、注意が払われていた。

ただ、警察官の横で信号無視して道を渡る人がいても何も言わなかった。




メキシコシティーからメリダへ飛行機で移動


飛行機から火山が見えた。

噴煙が見えるのはポポカテペトル山(Popocatépetl)。

標高は5426m。

見た目は富士山に似ていた。

メキシコには活火山が多く、地震が頻発しているとのこと。



メリダの観光


4つ目の世界遺産はウシュマル遺跡。

メリダの標高は低いので、メキシコシティに比べて気温が高い。

日中の気温37度の中で歩き回ったため、添乗員さんが体調不良になった。

たぶん、熱中症だと思う。

この写真のピラミッド(魔法使いのピラミッド)には登っていない。







左の写真のピラミッド(総督の宮殿)に登った。

下から見た印象と上から見た印象の違いに、「超ビ」。

上から見ると、途中に踊場がないので、斜面が急に見える。

階段を下るのが恐かった。




この日の夕食のあと、レストランからホテルまで馬車に乗った。

15分ほど、車と同じ道を走る。

パカッパカッという音が町の中に響き、気持ちよかった。







5つ目の世界遺産はチチェンイッツァ遺跡。

マヤ文明の最高傑作といわれている。

左のピラミッドは一辺が56mで高さが24m。

このピラミッドは登頂禁止。




神秘の泉・セノーテ。

神に生贄や貴金属などを捧げた聖なる泉。

大きな穴の底に水があり、泳ぐことができる。

北海道から参加した夫婦だけが泳いだ。




メリダからカンクンへ移動


5日目はカンクンで午前中フリータイム。

海(カリブ海)で泳ごうと思ったが、浜辺に藻が多く、泳ぐ気にならなかった。

ホテルのプールで1時間30分ほど過ごした。





ホテルに大きなイグアナがいて、「超ビ」。

イグアナは今回の旅行中に遺跡の近くでたくさん見たが、ホテルの通路で見るとは思わなかった。

人が近づいても逃げない。

メスには背びれが付いていないので、ここにいたイグアナはオス。



カンクンからメキシコシティへ移動


6日目はメキシコシティ近くの遺跡巡り。

まず、テンブレケ水道橋

ヨーロッパから来た神父とアメリカ大陸先住民の協力で17年かけて造られた水道橋。

最も高いところでは38mある。

回りが観光地化されてないところが気に入った。案内所や店のたぐいのものが全くなかった。

ピラミッドでは片言の日本語でネチッコク売り込む男が多かったのに、ここには誰もいなかった。

片言の日本語でよく聞いたのは、「ホトンドタダ」とか、「シマムラヨリヤスイ」とか、ちょっとおもしろかった。


テンブレケ水道橋の近くではサボテンが栽培されていた。

サボテンの先の丸いものは、サボテンの実。

今が収穫シーズンらしい。

梨やスイカのような味がするとのこと。





7つ目の世界遺産はテオティワカン遺跡。

テオティワカンとは「神々の都市」という意味。

左の写真は月のピラミッド。

底辺168m×149m、高さ45m。

中腹まで48段の階段を登ることができた。



太陽のピラミッドの頂上まで登った。

このピラミッドの大きさは、底辺224m四方、高さ64m。

階段は248段。

下りてきたとき、足がガクガクしていた。





最後の世界遺産はメキシコシティ歴史地区とサントドミンゴ広場。

ここだけではないが、メキシコシティーは湖があった場所に建物を建てたため、地盤が軟弱。

このことが原因で石造りの建物は沈み込んでいる。

写真正面の教会は右側が下がっていた(=建物が右に傾いていた)。



メキシコシティーのスーパーマーケットでビールを買った。

現地のビールを買いたかったが、単品で売っているビールが少なかったので、現地のビールではなくハイネケンにした。

この缶は473ml、150円。日本のビールよりも安い。

ガソリンは153円/ℓ。自国で石油が採れる割に安くない。






参考(1) 車メーカーシェア


旅行中に走っている車のメーカー・台数を調べた。

日本のメーカーの車が最も多かった。

(台)

メーカー日本欧州米国韓国
日産55
GM53
VW49
現代・起亜21
本田20
フォード18
マツダ15
トヨタ13
セコア10
ルノー9
BMW7
三菱3
スズキ3
アウディー2
BENZ1
ボルボ1
プジョー1
スバル1
フィアット1
合計110817121
シェア38.9%28.6%25.1%7.4%


参考(2) メガネを掛けている人の割合


現地の人と思われる人のメガネ有無を調べた。

日本人よりもメガネを掛けている人の割合は少ない。


調査人数(人)メガネをかけている人(人)率(%)調査年月
日本2647528.4 2013年9月
ブラジル1502416.0 2013年7月
アイスランド1322922.0 2016年12月
メキシコ601118.32019年8月





参考(3) 地図








参考(4)スケジュール


8/22(木)成田発 メキシコシティー着 国立人類学博物館
8/23(金)メキシコ国立自治大学 フランシスコ会修道院 プエブラ歴史地区
8/24(土)飛行機でメリダへ ウシュマル遺跡 カバー遺跡
8/25(日)チチェンイツァ遺跡 神秘の泉・セノーテ バスでカンクンへ
8/26(月)自由行動 飛行機でメキシコシティーへ
8/27(火)テンブレケ水道橋 テオティワカン遺跡 サントドミンゴ広場
8/28(水)メキシコシティー発
8/29(木)成田着





以上、終わり。



カンボジア旅行

カンボジア旅行の記録を紹介する。今回の旅行の目的はカンボジアの遺跡を見ること。 2年連続で海外の遺跡観光をすることになった。カンボジアの遺跡が造られたのは9~13世紀。昨年訪問したメキシコの遺跡は4~11世紀。ほとんど年代が重なるが、少しだけカンボジアの遺跡が新しい。 旅...